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千手観音像のトルソー

滋賀県立美術館「白州正子展」で一体のトルソーに出会い、その前で立ちすくむ思いでした。




トルソー 

彫刻用語。手足などの四肢や首から上を欠く胴体のみの不完全な状態で完成される作品、技法をいう。19世紀以降。
あるべき部分が失われている状態は人間心理に不安を与えると同時に、無意識的に人間が脳内でそれを保管するため、作者の思案を超えた美的効果を醸し出す。また見るものが想像し、欠如部分が補完された彫像は、その後にいかなる物理的完成を以てしても、想像の産物を超越することが不可能なものとなる。
作品例としては、『サモトラケのニケ』や『ミロのヴィーナス』が知られる。
(torso=胴体、イタリア語)


わたしの中に生きているトルソーがピアノを弾く。
純粋な音が立ち上がる。
乳白色の大理石のよう。
固いのにやわらかい。
えもいわれない美が息づいている。

トルソーは譜面を奏でるのではなく、
「音楽」を奏で、
そこに「音楽」があらわれるのです。

ああ、ほんとうにそのような演奏をしたいのです。





トルソー 2



トルソーは光を放つ。
それが音になる。

音の中で音は光となり、
光の中で光は音に、
絶えずその交代を繰り返している。

光とも音とも言えない質が
そこにあらわれるのだ。




トルソー 3 

千手観音像が燃えて
一体のトルソーになった。

ほかの何かではなく、
千手観音像が。

それは消失ではなく、偉大な変容。

千手観音は
自分の姿に満足していなかったのではないだろうか?
千の手を差し伸べても、
差し伸べても差し伸べても、
救われない人の姿を見て、
ほんとうに悲しかったのではないだろうか?
救うことのできない自分がいたたまれなかったのではないだろうか?

そして千手観音は燃えることを決意した。
千の手をなくそう。
燃やしてしまおう。

千手観音は燃えて身体だけになった。
その身体から放たれ始めたのは
神の光。

千手観音の自我はなくなり、神の命がそこに生き始めた。
千手観音をあわれに思い、火をつけたのは神だったのだ。

千手観音は救われ、そして、
千の手があるときよりもはるかに深い光が人々を救う。

トルソーはこれからも永遠に立ち続けるだろう。
神の光を宿して…。                    
 

        2010/12/16


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比叡平のお庭

Author:比叡平のお庭
標高350メートルほどのところにある庭。
隣の音楽室には美しいピアノが2台、ライアー(竪琴)、チェンバロやバイオリン、リコーダーなど、たくさんの楽器が、白木の香るお部屋の中に棲んでいます。音たちのお部屋です。
生きた音が生まれるすぐそばで、木々や草花、虫たちも風と戯れる、わたしはお庭。
どうぞよろしく!

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