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「悲しさ」に寄せて ・・・ ふたつの詩

悲しさの向こうに


悲しさ、ありがとう、あなたはやさしいね。
わたしをなぐさめようとしてくれてる。

あなたがいるから
涙が出て、
弱さに気づいて
やさしくなれて、
人の気持ちがすこしだけ、わかるのかもしれない。

あなたが透けて見えるときがある。
そして、透きとおったあなたの向こうに
もっともっとやさしい光がまばゆく輝いているのが見える

いつか、あなたの向こうの、その光の中に行けたらいいな。

やさしいあなた、
いつもわたしを包んでいてください。
わたしが弱い心を失ってしまわないように。


・・・・・・・


悲しみのあたたかさ (清宮質文「悲しい顔」(版画)に思う)


悲しみを知っている人には
特別の光が用意されている。
透明のあたたかな光、そして深いなぐさめ。

悲しさはとうとい。
悲しさはうつくしい。
悲しさはやわらかく、
悲しさは清く、
悲しさはみずみずしく、
悲しさは繊細で
悲しさはあたたかで
悲しさはなつかしく、
悲しさはわたしの心の中に
ずっと棲んでいてくれる。

だから、
あたたかな光と出会うのです。
深いなぐさめを知るのです。

悲しみはやさしくてあたたかいんだよ、と
ささやく声がどこかから聞こえた…。

悲しいお顔さん、
ほんとうのほほえみは悲しみのあとにやってくるのです。
あなたの微笑みが、わたしには見える気がする。


   2010/12/29


     

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ことばと音楽

はじめての試み、詩とピアノの音楽のコンサートを終えました。

プログラムは、バッハの「主イエス・キリストよ、わたしはあなたを呼ぶ」からはじまり、フランスの指揮者・作曲家D.E.アンゲルブレシュトという人の「パストゥレル」(クリスマスの物語)、後半はシューマン『幻想小曲集』から「飛翔」と「夜に」に続いてブラームスの間奏曲二曲、最後はバッハ「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」と「主よ、人の望みのよろこびよ」で閉じました。

アンゲルブレシュトのパストゥレルの中の7つの曲とシューマン、ブラームスの曲にはそれぞれ詩をつけました。そして、詩を読んでいただいたあと、ピアノで演奏する、というふうに、朗読とピアノの響きを交互に行いました。
アンゲルブレシュトとシューマンはエラールのアップライトピアノ、バッハとブラームスはスタインウェイのグランドピアノで。それぞれ、今から100年近く前のピアノを修復したもので、現代のピアノでは味わえない響きが生まれます。

詩とピアノの音楽が響き合う芸術の試み、一度だけに終わらず、また続けてみたい気持ちがしています。何かもしその内側に育つ準備をしているものがあるとしたら、育っていくのでしょう。そう思って、少しずつ続けていきたいです。ピアノと詩、ライアーと詩も。

ただ、とてもエネルギーがいります。それは天から(宇宙から)与えられると信じて、まずはひとつ終えることができたことに感謝。

来てくださった方々、ありがとうございました。とてもうれしかったです。


木村さんのおばちゃん

木村さんのおばちゃんが亡くなられた。

小さかったわたしと妹は
よしえちゃんによく遊んでもらった。

木村さんのお家のお風呂は鉄でできた大きなおなべみたいなお風呂で、
そこに木の板が敷いてあった。
わたしは時代を超えて別世界に来たみたいにびっくりしていた。

舗装をしていない、家の前の道で走り回ってよく遊んだ。
夏はシュミーズ、冬は毛糸のパンツにあたたかいタイツをはいて、走り回った。
節分には綿入りのあたたかな着物とちゃんちゃんこを来て楽しかった。
出かけるときは、バスで、バス停まで歩くのもわくわくした。
嵐電の踏切があって、ディンディン鳴るのもうれしかった。
自転車を飛ばしてピアノのおけいこに行って、おけいこが終わったら帰りにじゅず玉をたくさん取って帰って、糸でつないで遊んだ。
じゅず玉は高瀬川沿いの道ばたにいっぱいあった。

電話もなかった時代から、
玄関の簡単な電話台に黒い電話が現れ、
その、黒くて重いじーこじーこダイヤルを回す電話がなくなって、
プッシュフォンになって、
FAXもできるようになって、
そうしているうちに、
インターネットでメールがあっけなく簡単にできるようになり、
ほとんどすべての人が携帯を持つようになった。

大学の頃はタイプライターを買ってもらってがちゃがちゃ打つのがうれしかったのに、あのタイプライターはどこに行ったのだろう?

でこぼこの道がなくなり、
買い物かごがなくなり、
新聞やみどりの紙に包んだ野菜がなくなり、
竹の皮で包んだお肉がなくなり、
ぴかぴか光って読み取るレジを通って、
大きな駐車場にとめた車に急ぐ買い物。

そうね、木村さんのおばちゃんの記念に、
お買い物かごの世界を取り戻しましょう。

木村さんのおばちゃん、
心からご冥福をお祈りします。


         2010/12/22

光の朝のメルヘン

光の朝のメルヘン



雨に濡れた木立に朝の光が射して
枝が輝いている

あなたたち、光はいったいどこから来たの?

わたしたちは天から来たの。
天にはわたしたちの仲間がいっぱいいて、
それはもう、ほんとうに楽しいのよ。

特別の日には地上に遊びに行ってもいいことになっていて、
今日はその日なの。

わたしたちが遊んでいるところをだれかに見つかったりすると
ちょっとはずかしいけれど、うれしいかんじもするわ。

こちらは不思議なところ。
わたしたちにはわからないことがいっぱいです。
光の世界は楽しくて美しいけれど、
こちらのせかいも青い空やみどりの山や、
ふかふかの土や葉っぱたちが楽しく遊んでるのに、
なんだかちょっと窮屈そうなかんじがする…。

どうしてかな? わたしたちにはよくわからないけれど、
きっとそういうものなのね。

わたしたちはもう少ししたら帰らなくてはならないけれど、
また遊びに来るね。

あなたたちの世界も、なんだかスリルがあって楽しいわ。

                   

明日は冬至

天使が舞い降りる



白い朝、
霧の中で
みどりが深い。

天使が降りてきている。
静けさに誘われて…。

万象が息づいているのは
天使たちが星のめぐりを楽しんでいるから?



       2010/12/21

シューマン、ブラームスに寄せて

27日にささやかなピアノの会をします。
シューマンとブラームスの曲に寄せる随想です。


^^^^^^^^^^^^「飛翔」(シューマン)に寄せて


夕暮れ、
ほんのり甘い夕闇があたりをつつみ
日が沈み、
夜のとばりが降りた。

音たちの時間。

眠っていた音たちが目覚め始める。

静けさの中に真の世界がある。
音たちの生気を蘇らせる命が
そこに息づいている。

息を吹き込まれ
自由へと飛翔する音たちを止めることは
だれにもできない。



^^^^^^^^^^^「夜に」(シューマン)に寄せて


暗闇に猛り狂う嵐。
風と風の幾層にも折り重なるその向こうには
甘く香る安らぎが待っているというのに。

ばらの花弁の奥にくゆるエーテルは
このうえなく淡く、
こわれそうにやさしく、甘い。

つかのま、ただよう甘美な香りを
ああ、また嵐が容赦なく遮断する。

暗闇は自分より強い存在があることを知ってか、知らずか、
はずかしげもなく猛り続ける。

けれども、夜の闇よ、
わたしの魂はおまえの向こうに息づく狂おしいほどの香気の密度を
知っているのだ。




^^^^^^^^^^^ブラームス 間奏曲Op.118-2に寄せて 



ここはどこだろう?
倒れている間に
知らないところに来てしまった。
わたしはいったいどこに横たわっているのだろう?
ふと目を開いてみると
大きな布をまとった乙女たちが舞っている。

暗い嵐の夜、
海辺で倒れていたあなたを
鳥たちが運んできたのです。

ここには魂を癒す大気が満ちています。
充足しなさい。

乙女たちは舞う。

不思議なことに
乙女たちが舞うごとに
大気にみなぎるエーテルは力を帯びて
甘く強い香気を放ちはじめるのです。


^^^^^^^^^^^ ブラームス 間奏曲Op.117-1に寄せて 


新しい光が加わる。
まばゆく白い、光の粒子が
大きな人の形に集まり、
疲れた魂を抱擁する。
甘く甘く、限りなくやさしく、深く…。

大きなふたつの腕に包まれた魂から
悔悟の涙がこぼれ落ちる。
大丈夫。心配することはありません。
あなたは招かれています。
光の道を歩みなさい。

その道を歩むごと,
一歩一歩歩むごと、

すべての悲しみも、すべての苦しみも、
また、すべての喜びもみな、
祝福を受けて
うつくしいものへと変化してゆきます。

光の道を歩みなさい。
悲しみと苦しみ、それは神がくださった最高の栄誉です。




悲しみから逃げてはいけない
苦しみから逃げてはいけない

それが深ければ深いほど、
あなたは神に愛されているのです。

大きな祝福。
光の粒子はクリスマスにお生まれになった御子イエスから放たれる。

すべての悲しみと苦しみを包み、
それは清い光へと変えられて
しずかに、そしてゆっくり、天へと昇ってゆく

涙の流れた瞳に新しい光が宿った…。



        2010/11/23
        

2010 クリスマスに

アンゲルブレシュト「パストラル」(ピアノ曲)に寄せて、
詩を書きました。




^^^^^^^^^^^ ナザレ


エフラタのベツレヘムよ
お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る。
彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。(ミカ5:1)

とおい昔に約束されたことが実現する、そのときがきた

暗い闇を突き破る不思議な気配。
いったいどこから来るのだろう?

それは天から。

空気が変化してゆく。
ああ、待ちわびていたこのときが、
とうとう、来たのです。
いま、来たのです。


^^^^^^^^^^^^^^^^

イエスさまはお生まれになった
静かに静かに星の降る夜

イエスさまはお生まれになった
そのとき初めて人は
愛に出会った。

何だろう? この感覚
すべてを包み
すべてを溶かすようで
とても強く
あらゆるものを貫くようだ

生まれたばかりの幼子に
不思議な力が宿っている。
¬¬¬¬
愛がそこに凝縮しているのです。

凝縮はやがて
十字架の上で成就する。

わたしたちに愛がもたらされたのです。
待ちわびていた愛がもたらされたのです。

それは、すべてのものにまさる、尊い、尊い贈り物。

遠い昔、万物を創造した力の到来、
愛の到来。
新しいときが始まる。



^^^^^^^^^^^^ベツレヘムへの旅立ち


ヨセフとマリアは旅に出た
身重のマリアはロバに乗って
ヨセフは慎重に道を選ぶ

危険な道のりを
二人はベツレヘムへと向かう

かならずその時が来る、
かならず実現する、
その確信と希望とを抱きしめて。




^^^^^^^^^^^^ マリアの祈り


主よ、お守りください。
わたしたちを守り導いてくださるのは
ただ主おひとりです。

どんなことがあっても
主が約束してくださったことが成就します。
それはほかのどの人でもなく、
わたしを通して。




^^^^^^^^^^ 羊飼いの踊り


羊たちが眠るまきばに
燃える燃えるたき火
凍てつくような夜のしじま
力強く火が踊る

粗い布をまとった男たちを不思議な予感が貫く。
いったい何が起こるのだろう?

子どもたちもまどろみに誘われず
踊る火を見つめる。

鋭い声が静けさを破る。
それは救い主の誕生を告げる天使の声。

「恐れるな。わたしは民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
今日、ダビデの町であなたがたのために救い主がお生まれになった。
この方こそ主メシアである。」




^^^^^^^^^^^^ 牛とロバのこもりうた


ゆらゆらゆれる
牛の尻尾

ろばのお耳はやさしく垂れて
お誕生を祝います。

おめでとう、おめでとう、
ハッピーバースデイ。

牛もろばもいいお声。
おうたがじょうず。

お生まれだ、お生まれだ、
イエスさまがお生まれだ。

たったいま、たったいま、
イエスさまがお生まれだ。

おめでとう、おめでとう、
ハッピーハッピーバースデイ !




^^^^^^^^^^^^^ 星への行進


土を蹴るらくだの足
はるか東、三人の賢者は星を見た

星は語る、
強い光で。

賢者の頭脳は何億光年を超えて
星のことばを読む。

必ずそれは起こることが約束されていたのだ。

そしてとうとう賢者は
その出来事にあずかった。
黄金、乳香、没薬は
お生まれになった方への
大事な大事なおささげもの。




^^^^^^^^^^^^^ かいばおけの羊飼い


しーっ…、しずかに、しずかに…、赤ちゃんが寝ています。
こんなに安らかに眠ってる、このみどりごはだあれ?

それはイエスさま
それはイエスさま

こんな安らかさを見たことがない
こんな光を見たことがない

あ、向こうから博士たち。大事そうに何かを抱えている。
牛のしっぽ、ろばの耳、

不思議でびっくりするできごとなのに、
なぜか不思議ではない。
それは約束されていたことだから。

ああ、それにしても
なんというやわらかな光。
そして、なんという深くて強い光。

このお方にすべてが託されていることを
すべての人が悟るのです。

眠れ、眠れ、幼子イエス。
アルファでありオメガである、尊いお方。


               (2010/11/22)


千手観音像のトルソー

滋賀県立美術館「白州正子展」で一体のトルソーに出会い、その前で立ちすくむ思いでした。




トルソー 

彫刻用語。手足などの四肢や首から上を欠く胴体のみの不完全な状態で完成される作品、技法をいう。19世紀以降。
あるべき部分が失われている状態は人間心理に不安を与えると同時に、無意識的に人間が脳内でそれを保管するため、作者の思案を超えた美的効果を醸し出す。また見るものが想像し、欠如部分が補完された彫像は、その後にいかなる物理的完成を以てしても、想像の産物を超越することが不可能なものとなる。
作品例としては、『サモトラケのニケ』や『ミロのヴィーナス』が知られる。
(torso=胴体、イタリア語)


わたしの中に生きているトルソーがピアノを弾く。
純粋な音が立ち上がる。
乳白色の大理石のよう。
固いのにやわらかい。
えもいわれない美が息づいている。

トルソーは譜面を奏でるのではなく、
「音楽」を奏で、
そこに「音楽」があらわれるのです。

ああ、ほんとうにそのような演奏をしたいのです。





トルソー 2



トルソーは光を放つ。
それが音になる。

音の中で音は光となり、
光の中で光は音に、
絶えずその交代を繰り返している。

光とも音とも言えない質が
そこにあらわれるのだ。




トルソー 3 

千手観音像が燃えて
一体のトルソーになった。

ほかの何かではなく、
千手観音像が。

それは消失ではなく、偉大な変容。

千手観音は
自分の姿に満足していなかったのではないだろうか?
千の手を差し伸べても、
差し伸べても差し伸べても、
救われない人の姿を見て、
ほんとうに悲しかったのではないだろうか?
救うことのできない自分がいたたまれなかったのではないだろうか?

そして千手観音は燃えることを決意した。
千の手をなくそう。
燃やしてしまおう。

千手観音は燃えて身体だけになった。
その身体から放たれ始めたのは
神の光。

千手観音の自我はなくなり、神の命がそこに生き始めた。
千手観音をあわれに思い、火をつけたのは神だったのだ。

千手観音は救われ、そして、
千の手があるときよりもはるかに深い光が人々を救う。

トルソーはこれからも永遠に立ち続けるだろう。
神の光を宿して…。                    
 

        2010/12/16


プロフィール

比叡平のお庭

Author:比叡平のお庭
標高350メートルほどのところにある庭。
隣の音楽室には美しいピアノが2台、ライアー(竪琴)、チェンバロやバイオリン、リコーダーなど、たくさんの楽器が、白木の香るお部屋の中に棲んでいます。音たちのお部屋です。
生きた音が生まれるすぐそばで、木々や草花、虫たちも風と戯れる、わたしはお庭。
どうぞよろしく!

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